梁山から来ました

中華圏の小説、ポーランドボール、SCP財団、作曲、描画などが好き。皆様のお役に立てる/楽しんでいただけるコンテンツ作りを目指して、試行錯誤の日々です。

劉慈欣著『三体』 ネタバレ全開の感想いろいろ②


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一度書いた原稿が消えてしまったので、更新が遅くなりましたが、ともあれ、『三体』感想の第2回です。

 

第1回はこちら

 

気を取り直して、今回も全力投球でまいります。ネタバレ全開のため、未読の方はご注意ください。

 

 

★紅岸基地の本当の目的

葉文潔は雷政治委員と楊チーフから、紅岸基地は実は宇宙にメッセージを送る目的のものだと聞かされます。

その前段階で雷政治委員が語ったフェイクストーリー、「資本主義国家の人工衛星マイクロ波を照射して破壊する」というのも、これはこれで面白い構想ですよね。別の小説のタネになりそうです。

紅岸プロジェクトの関連文書のくだりは、SCP財団の報告書を読んでいるような気分になりました。体裁もさることながら、その内容の荒唐無稽さに対しても、ですね。

それにしても、宇宙に対してもすら共産主義プロパガンダを流そうとする手合いがいるとは……。今となっては笑い話ですが、当時は大真面目にそんな構想をする人々がいたとしても、不思議はありません。

紅岸プロジェクトは年を経るごとに縮小されていったと言いますが、これはありがちなことです。宇宙への信号送信の結果は数年、数十年という単位ではわかりづらいので、短期的には費用対効果が見込めないんですね。特に宇宙を相手にするプロジェクトは予算を食うので、政治が大きく変動している時期にあっては、真っ先に規模縮小のやり玉に挙げられてしまいます。

ここで、雷政治委員と楊チーフがこの時期に「事故で」亡くなったことが、サラリと書かれています。あまりにもあっさりした記述なので、三度見してしまいました。後に、隠されていた真実が明らかになったときには「やはり」という感じでしたよね。

 

コペルニクスと三つの太陽

汪淼は「三体」ゲームの中でコペルニクスを名乗り、教皇ガリレオ(に相当する人物)の前で、この世界の構造を解き明かします。

この小説は初めから終わりまで驚きの連続でしたが、敢えて一番びっくりした箇所を挙げるとすれば、このエピソードです。読者の条件は汪淼と同じで、ヒントはこれまでの「三体」ゲームの中で与えられていたので、よくよく考えれば、この結論にたどりつけたかもしれません。しかし少なくとも自分は、これほど大胆な発想には思い至りませんでした。

汪淼の説明によって、これまで頭の中でバラバラに存在していた「三体」世界の謎たちが一つのシステムへと収束していくのは、圧巻としか言いようがありませんでした。まさに、史実のコペルニクスが地動説に思い至ったときには、これと同じような驚きをもって、惑星たちの動きの謎がその体系に収束していく様子を、観測したことでしょう。

さらに、「これまで、三太陽の日は記録に残らなかった。なぜならその現象に出会った文明は、一瞬にして滅びてしまうから」という言葉が強烈なインパクトを添えています。彼らの文明はその言葉どおり、三太陽の出現によって滅びます。世界の謎を解くことは、新たな絶望に直面することでもあったのでした。

 

★魏成の話

汪淼と史強は申玉菲の夫・魏成の話を聞きます。彼は想像を絶するほどの億劫がりということで、自分などは一瞬、妙な親近感を感じかけたのですが、よく考えると自分には彼のように一方向に特化した特別な才能なんか全然ないのでした。どうもすいません。

このエピソードでは、魏成が一時身を寄せていた寺の住職が、ストーリー上重要というわけでもないのに、妙に印象に残っています。申玉菲の「仏さま、どうかわが主を苦海から逃れさせてください」という祈りを聞いた魏成がその意味を住職に尋ねたとき、住職は一晩考えた上で出した結論を魏成に伝えます。その姿勢には、誠実さが感じ取れます。

改革開放以降の大陸における仏教の位置づけについては全く知識がないのですが、このエピソードを見る限り、僧侶は今も有識者、有徳の人として、人々に敬われているようです。

ところで、申玉菲の死体が見つかった後、魏成は「申玉菲と潘寒はいつも会話の内容が自分にわからないよう日本語で話していた」と言っていますが……器用な真似をしますねー、この二人は。英語だと、魏成も理解できてしまうかもしれませんからね。申玉菲は日系なので話せても不思議はないですが、潘寒がそんな込み入った話をできるほど、日本語に熟達しているのは意外でした。どこで学んだんでしょう。

 

ノイマン始皇帝の人力コンピュータ

汪淼は「三体」のゲームの中で、ノイマン(に相当する人物)とニュートン(に相当する人物)に出会います。彼らは三つの太陽の動きを予測するため、始皇帝(に相当する人物)に謁見し、巨大な軍隊の力を借りて、人力コンピュータを構築することに成功しました。

三千万の生命体が形成する演算機構というのは、地球人の我々からは突飛な発想に見えますよね。しかし「三体」の生命体にとっては、充分に現実的なものでした。彼らは長期にわたって延々と単純な動作を繰り返すことが可能で、ヒューマンエラーや生理的欲求に由来する作業中断のリスクは、無視できるほどに小さいことがわかります。我々とはよほどかけ離れた様相の生命体のようです。

しかしそれでもヒューマンエラーは起き、始皇帝はそれを起こした部隊をまるまる葬り去ってしまいます。焚書坑儒という言葉も出てきていますし、この世界の始皇帝もまた、地球における史実の始皇帝同様、厳しい法家思想の実践者ということでしょう。

人力コンピュータは一年二ヶ月という長大な時間をかけ、恒紀の到来を予測します。しかし訪れたのは恒紀ではなく、三太陽直列という未曾有の現象でした。失敗を悟ったニュートンは、都合のいいことを言って逃げ出します(この口上も実に鮮やかです)。しかし、たとえ始皇帝から逃れおおせたとしても、三太陽直列による引力からは逃れられません。やはり、この文明のあらゆる人々と同じように、宇宙へと放り出されてしまったことでしょう。

 

★オフ会

汪淼はゲーム「三体」のオフ会に参加し、主催者として現れた潘寒から、三体世界が実在することを知らされます。三体人による地球侵略の是非を問われたとき、老哲学者、作家、ジャーナリストの若者、大学院生が肯定的で、IT企業の副社長と国営電力会社の役員が否定的だったのは印象深い対比です。前者は夢を追い、後者は現実を見据える人々だと考えられます。いい意味でも、悪い意味でも。そしてオンラインゲームの高得点マーカーの中で、前者が多数派を占めるのも、ありそうなことです。

 

★三体人、宇宙へ

汪淼はゲーム「三体」のなかで、三体人たちが恒星の動きを予測することをあきらめ、生存の可能性を宇宙に求めて旅立ったことを追体験します。彼は魏成から預かった三体問題解決のためのアルゴリズム国連事務総長(外見上のモデルはアナン事務総長でしょうか)に渡しますが、見事にスルーされてしまいました。あとから考えると、このゲームは降臨派の潘寒らが作ったものなので、三体問題の解決こそが害悪であり、その可能性を生み出すものは、葬り去られてしまう仕様なのでしょう。

 

★地球三体協会の集会

汪淼は地球三体協会の集会に出席し、葉文潔が協会の総帥であったことを知ります。この会合の中では、協会の中心人物であった潘寒が、一転して裏切り者扱いされ、葉文潔を護っていた少女に殺されてしまいます。

中華圏の小説には、よくこうした話し合いのシーンが出てきて、その場の力関係や些細な出来事から空気が一変し、それまで正しいと思われていたことが、集団全体から一瞬にして否定されてしまう展開となります。おそらくこれは実際に、主に文革期に、幾度となく繰り返された光景なのでしょう。自分は個人的に、こうしたシーンに非常に興味をひかれます。これを見るためにこそ、中国の小説を読んでいるようなところがあったりします。

ところで、素手でサクッと潘寒を殺したこの少女、印象深いキャラをしていますが、やはりかつての紅衛兵と同様、自分が何をやっているのかよくわからないままに、その情熱と正義感を利用されていたということなのでしょうか?

 

★太陽への電磁波照射の提案とその否定

葉文潔は過去の紅岸基地で起こったことを語ります。彼女は太陽が電磁波の増幅装置として機能することを発見し、外宇宙へのメッセージを太陽に向けて照射しようと提案しますが、雷政治委員はこの提案を拒否します。この時代を生き抜くためには、少しでも政治的に批判されそうな要素のある試みは、できる限り事前に察知し、芽を摘んでおくことが必要なのでした。

しかし葉文潔は諦めきれず、彼らの目をかいくぐって電磁波を太陽に照射します。結果、何も起こらなかったと思った彼女は、楊チーフに「夢を見ていた」と言って、ようやくその情熱を捨てます。

葉文潔はその後の日々を穏やかに過ごし、やがて楊チーフと世帯を持ちます。しかし宇宙に関する実験の結果がわかるまでには、長大な時間を要することがあります。この場合もそう。本当の結果が出るまでには8年かかりました。それでも、彼らが取り組んでいたプロジェクトの時間的スケールからすれば、「偶然隣の星系に知的生命体がいたために、最短のスパンで結果が出た」ということになるわけですね。人の世の政治の移り変わりとは、全く違う時間の流れです。

 

 

 

感想の続きは次回に。

『三体』の感想記事は次で最後の予定です。