梁山から来ました

中華圏の小説、ポーランドボール、SCP財団、作曲、描画などが好き。皆様のお役に立てる/楽しんでいただけるコンテンツ作りを目指して、試行錯誤の日々です。

劉慈欣著『三体』 ネタバレ全開の感想いろいろ①


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密かに気になりつつ、ヘヴィーそうでなかなか手がでなかった、噂の中国産SF『三体』を、このたび読み終わりました。
読んでよかった!ぜひ多くの方にお手にとっていただきたい!……というのがまず最初の感想ですね。
SFを全く知らない方でも、中国の文化に興味があれば……逆に、中国の文化を全く知らない方でも、SFに興味があれば、きっと楽しめるはずだし、新しい世界への扉を開くきっかけにもなってくれる本だと思います。
難しい言葉は色々出て来るけど、わかってなくても何とかなる(現に自分がそうだった)から……!分量もみんなが思ってるほど多くない(はずだ)から……!
悪いことは言いません、もし1ミリでも興味があれば、今すぐDLして開いてみてください。

 

……というわけで、下記はネタバレ全開の感想となります。
本当に容赦しませんので、まだ読了されてない方は、ここでバックを推奨します。

 



……よろしいでしょうか。では始めます。

 

文化大革命 

この作品、SFではありますが、はじめの章は文革の描写から始まっていますね。主人公の一人(とも捉えることができる)葉文潔の前半生は非常に苛酷なものだったことがわかり、そしてその経験は後年、彼女が別の星からのメッセージを受けたときに迷わず選んだ決断へと繋がります。

普通の人なら躊躇うはずの決断を、彼女はいとも簡単にしてのけた。それを「無理もない」と思わせるだけの辛い経験を、彼女はその前半生でしてきているわけです。そして、当時の中国において、彼女のような経験をした人は決して珍しくはなかった、という文章がさりげなく差し挿まれていて、胸を打ちます。

★史強

舞台は四十数年後、ナノテクを専門にする科学者の汪淼のもとへと飛びます。彼のもとへ軍人と警官がやってきて、捜査への協力を要請します。

汪淼は警官の史強に対し、はじめ好感が持てなかった、とあります。これは、裏返せば「後々好感が湧いてくる」という意味になりますね。史強はいかにもガサツなヘビースモーカーで、汪淼に対しても概ねいつも喧嘩腰。しかし有能であることには間違いはなく、複数回にわたって強烈な事件に見舞われ、打ちひしがれる汪淼を、強い言葉で精神的に支えます。

いいキャラしてますよね。日本の刑事モノにもよくありそうな造形です。個人的には攻殻のバトーさんの声でしゃべってほしいです。

★楊冬

「物理学は存在しない」との衝撃的な遺書を残して自殺してしまった科学者の楊冬。後に葉文潔の娘であることが明かされる人物ですが、汪淼が彼女に惹かれていたことを表す一節が非常に印象的です。自分が撮る写真に欠けていたのは彼女だった、という。これだけで、汪淼にとって、言葉を交わしたこともない楊冬がどれだけ大きな存在だったのかがわかります。

 

★射撃主と農場主

我々(というか科学者たち)が物理学の法則だと思っているものは、実は大いなる存在が別の目的で引き起こした事象に由来するもので、法則でもなんでもないのかもしれない。ゾッとするような話ですが、我々が経験論に基づいて科学を築いていかなければならない以上、その可能性を全面的には排除できない、ということでしょうね。

自分はSFに造詣が深くないので、こういう話が出てくるたびに、未知の領域を覗き込むような、新鮮な気持ちになりました。

 

★カウントダウン

自分の撮った写真にだけ現れ、そのうちには網膜にまで映るようになるカウントダウン。これは怖いですね。そんな現象にぶち当たって取り乱しつつも、現象が起こる条件を特定しようと、同じカメラで妻子に撮影させたり、別のカメラで撮ってみたりする汪淼は、やはり根っからの科学者なのだろうと思います。

 

VR全身スーツ

ゲーム内の感覚刺激をプレイヤーに伝えるという全身スーツが、しれっと登場してきます。目と耳を覆うタイプのVRは知っていますが、全身スーツなんてものが普通に実用化されてるんでしょうかね?一度体験してみたいとも思いますが、感覚刺激だけで廃人に追いやられる可能性もありそうで、ちょっと怖いですね。

 

★潘寒の「中華田園」

食べ物含め、必要なものすべてを都会のゴミから調達するという実験コミュニティ、「中華田園」。中国でそれをやるんですか?イメージですが、めっちゃ病気になりそうなんですが。

 

★ゲーム「三体」の世界

恒紀と乱紀に支配される苛酷な「三体」の世界。これは割と、中国的な発想だと思います。

中国の古い思想では、「天変地異が起こるのはその王朝の統治が悪いから」ということになっていて、歴代の王朝は、黄河の氾濫やイナゴの大発生という自然界の異常から、彗星の出現といった天文学上の現象、果ては「くだん」的なものが産まれるなんていうオカルト現象まで、ありとあらゆることに責任を持たされて来たんですね。紂王サマがピラミッドの中で長い恒紀の到来を待って番をし、「乱紀を支配あるいは予測する方法がわかった」と進言する者たちに耳を傾けるのも、為政者としての役割を果たしてのことだと思います。

そう言えば、「十個の太陽が同時に登った」なんていう神話も、中国にはありましたね。三体どころか、十体問題ですね。弓で射落とすくらいで解決する話なら、いいんですけどね……。

周の文王、紂王、伏羲、孔子墨子といった人々は、実際の「三体」世界の歴史において彼らと似た役割を果たした人物を地球人になぞらえたものでしょう。太陽を眠らせる、陰と陽で説明づける、礼によって太陽の運行を予測する、自ら考案した宇宙モデルを用いる等々、この世界の正体がわからないながらも、それぞれに解決を図った彼らの努力の痕跡が見てとれます。

しかも、後から考えれば(ニュートンノイマンの演算も含めてですが)彼らの予測は、外れた場合にも、完全にメチャクチャな外し方はしていないんですね。天体は彼らが予測した時間・位置に(誤差はあれど)現れていて、ただ惑星との距離感が違っているだけ、という場合が多い気がします。

しかしそれでも深刻な問題が発現し、文明は滅びます。存続か滅亡か、という二択しかない場合には「全てが間違ってはいるわけではなかった」という言葉は(少なくともその文明にとっては)何の意味もないのです。彼らは敗北者です。厳しい世界です。

 

★引退後の葉文潔

第一章の終幕以来、長らく登場していなかった葉文潔が、亡くなった楊冬の母親として汪淼の前に現れます。思ったより元気そうでホッとしますが、「生きて紅岸基地を出ることはできない」と言われた彼女に何があったのかは気になりますよね。あと、楊冬の父親が不在の理由も。

それにしても、どういうわけだか、葉文潔女史が台湾の蔡総統のビジュアルで脳内再生されるんですが、これは自分だけでしょうか。


★宇宙のまたたき

これは……すみません、よくわかりませんでした。観測センターの沙瑞山が、汪淼の的外れな発言に生温かい微笑みを浮かべるシーンがありますが、汪淼の的外れが数十センチレベルなら、自分の頭の中で起きていることの的外れは数キロレベルと思われます。沙瑞山は顎がはずれて、微笑みを浮かべるどころじゃなくなりそうですね。

理解できたのはまあ、「宇宙が申玉菲の予言どおりの時刻にまたたいて、それが絶対にありえないはずの現象だった」くらいのことですね……。専門的なことがわからないながらも、何となく雰囲気で読み進めることができたのは、作者の劉先生の技量だと思います。

 

 

 

……すみません、思いのほか長くなったので、次の記事に続きます。
例の星系の恒星と同じ(?)、3つくらいの記事にまとめられたらと思っています。