劉慈欣著『三体』 ネタバレ全開の感想いろいろ③
『三体』の感想、3回目。本シリーズの最終回です。
今回もネタバレ全開のため、未読の方はお気をつけください。
それでは、参ります。
★三体人からのメッセージと葉文潔の「応答」
太陽に向けて電磁波を照射してから8年後のある夜、紅岸基地で夜勤にあたっていた葉文潔は、三体世界からのメッセージを受信します。一番有名な「応答するな」の3回反復から始まるメッセージですね。このメッセージの忠告にもかかわらず、葉文潔は何の躊躇いもなく、「来て、我々の星を侵略してほしい」との応答を返します。
地球人類に対し、幾ばくかの愛着を持っている人であれば、ここで三体世界に向けて応答する前に、多少の逡巡は見せたことでしょう。そして、そうしている間にも同僚に不審がられ、試みは頓挫してしまったかもしれたせん。しかし葉文潔はここで全く迷いを見せませんでした。彼女はそれまでの人生で、人間の理性を一切信じられなくなっていたのです。改めて、文化大革命が人間の尊厳にとってどれほど大きな災禍であったかに、思いを馳せずにはいられません。
応答のメッセージを送信した直後、葉文潔は自分が身ごもっていたことを知らされます。異星人からの侵略の可能性と彼女の子どもが同時に息づいたというのは、何かの象徴なのでしょうか。この辺りは、あまりうまく考察できませんでした。
★雷政治委員と楊チーフの死の真相
三体協会の集会が核爆弾の爆発、それに続く銃撃戦という衝撃的な幕引きを迎えた後、葉文潔の口から、雷政治委員と楊チーフの死の真相が語られます。彼女は三体世界からメッセージを受け取ったことを雷政治委員に知られ、雷を事故に見せかけて葬り去ろうと決意したのでした。
葉文潔にとって三体世界との繋がりがどれだけ大事だったかは、彼女の夫であった楊チーフの扱い方に、如実に現れています。雷政治委員はロープ1本で崖からぶら下がっており、楊は同じロープで雷のもとに降りて行こうと言います。ロープを切ろうとしている葉文潔は、違うロープを使うよう夫に勧めますが、その言葉は聞き入れられませんでした。このとき、葉文潔は暗殺計画を中止せず、2人がぶら下がったロープを切って、楊を雷もろともに殺してしまいました。三体人に地球を支配させようとする彼女の意志は、かくも強固なものでした。
★誰も懺悔しない
その後、文化大革命が終わって、政治や人々の暮らしは急転換していきます。葉文潔は、子どもたちが勉強を教えてもらいに来たことをきっかけに斉家屯の人々と知り合い、彼らとの穏やかな日々のなかで楊冬を生みます。
父の名誉回復に伴い都会に戻った彼女は、父を裏切り文革期を強かに生き抜いた母、そして父を殺した紅衛兵たちと再会し、章タイトルどおり「誰も懺悔しない」との思いを抱きます。何の信念もなしに、より有利な方へと立場を乗り換え続けた葉文潔の母は、文革前よりも却って高い地位についていました。一方、あの頃未来への希望に満ち満ちていた紅衛兵たちは、荒野での生活で精神をすり減らし、見る影もなくなっています。痩せた女、たくましい女、片腕のない女、そして死んだ女。文革が終わって数年後の中国は、確かに葉文潔の母や元紅衛兵のような人々でいっぱいだったのでしょう。葉文潔は彼女らの様子を見て、「地球は三体人により侵略されねばならない」という気持ちを強くします。
★エヴァンズ
葉文潔は、宇宙観測基地の建設プロジェクトに参加して候補地を訪れた際、地元の人々から白求恩と呼ばれるアメリカ人・エヴァンズと出会います。彼のこの物語における役割は、大富豪の父から遺産を受け継ぎ三体協会に莫大な資金をもたらす「装置」、そして人類を滅亡させようとして三体文明と結託する「装置」ですが、同時に一人のキャラクターとしての深みも持っています。
彼にとって地球上の生命は全て等価であり、人間は何ら特別なものではありません。自らの生活のために他の生物を滅ぼして悪びれない人類など、これまで滅亡してきた数多の種同様に滅びればいいと思っています。実は個人的には、その気持ちもよくわかります。自分もずっと昔はそういう思想を持っていました。しかし過去のある時点で、敢えて人類の文明に迎合して生きることを選んでしまいました。だから彼の言動には、逐一、痛いところを突かれている気持ちになりました。
★巨大船舶「ジャッジメント・デイ」の制圧
葉文潔の証言から、三体文明は既にエヴァンズらと結託し、2個の陽子を送って地球文明に介入していることがわかりました。汪淼、史強らは各国の軍部とともに、エヴァンズらの乗った巨大船舶ジャッジメント・デイを制圧し、そのコンピュータのサーバを奪って、三体文明との通信記録を入手する計画に参加します。
計画の会議には日本の自衛隊員も派遣されているのですが、この人はジャッジメント・デイの中に協力者などいないのに、「内部の協力者が確保してくれればいいのですが」などと寝言をほざいて史強に一蹴されてしまいます。中国で日本の自衛隊のイメージといったら、大体こんな感じなんでしょうか。まあ、可能性を潰すために誰かには言わせないといけない発言ではありましたが……。
なかなかよい方法が挙がらない中で、史強が挙げた提案は、あまりにも奇想天外で、それでいながら最も現実味のある方法でした。パナマ運河の両側からナノテクノロジーでつくった極細のカッターを張り巡らせ、ジャッジメント・デイにそこを突っ切らせる、通称「古筝計画」。中の人は全員輪切りにされ誰一人助からないであろう、恐ろしい方法です。この方法を思いつく史強も凄ければ、これを可能にしてしまう汪淼のナノテクノロジーもまた、凄まじいものです。
この計画の実行時には、読んでいるこっちも緊張してしまいました。アメリカ人のスタントン大佐は汪淼の緊張を和らげようとして様々な話題を振ってきますが、恐らく彼自身も、話し続けていなければその空気に耐えきれなかったのではないかと思います。
★地球からのメッセージを受け取った三体人
計画は見事に成功し、ジャッジメント・デイ内部の人間はエヴァンズ含め全員が死亡、回収したデータは解析され、数日後に葉文潔に開示されます。ここで初めて、地球からメッセージを受け取った三体文明がこれまで何をしてきたかの詳細が明らかになります。
葉文潔からのメッセージを受け取った最初の三体人、「応答するな」の文面を送信した監視員についての描写は、その文面を受け取ったときの葉文潔についての描写とそっくり裏返しですね。平易で無個性な文体なら気づくまでに時間がかかったと思いますが、詩的で情緒豊かな文章なので、すぐに気づくことができました。
それにしても、三体世界の時間の数え方は「○○時間」が基本の単位なんですね。彼らの惑星には公転周期も自転周期もないから、「○年」とか「○日」といった概念はないんですね。とすれば、「時間」というのは、どこから導き出した単位なのでしょうか。気になります。第2作、第3作で明らかになるのかもしれませんが。
★智子プロジェクト
三体文明は、侵略のため差し向けた宇宙船が地球に到達する450年後までに、地球が科学の発展によって、三体文明を凌駕する技術力を持つようになるだろうと考えました。彼らは地球の科学の発展を阻むため、智子プロジェクトを開始します。智子はインテリジェントな陽子のことで、「ちし」または「ソフォン」と読みますが、日本人はどうしても一瞬、「ともこ」と思ってしまいますね。
智子の生成にあたっては、次元を増やしたり減らしたりする操作が難しいらしく、実験の失敗によって三体世界の環境は大きなダメージを蒙ります。この辺りの描写にこれほどの字数を費やさないといけない理由がよくわからなったのですが、SFが大好きな人にはたまらない一節なんでしょうか。まあとにかく、三体の高度な科学力をもってしても智子の生成は至難の業だった、ということです(それしかわからなかった)。
3度目の実験が成功し、智子1号が誕生します。1つの陽子でありながら、次元を超えて移動する、超高性能のコンピュータ。地球に送り込まれた2つの智子は、地球上のあらゆる事象を監視し、地球上の科学者たちの間を飛び回っては、実験結果を狂わせまくります。智子が存在する以上、地球文明のこれ以上の発展は望めない。楊冬が自殺したのも、汪淼の網膜にカウントダウンが映しだされたのも、みんな智子の暗躍のせいだったのでした。ともこ怖いよともこ。
★イナゴの群れ
三体文明からのメッセージ「お前たちは虫けらだ」を、直接網膜に映写されるという形で受け取った汪淼と楊冬の元恋人・丁儀。すっかり打ちひしがれてしまった2人を、史強は華北大平原へと連れ出します。見渡す限りの麦畑で、農耕が始まって以来ずっと繰り返されている、人類とイナゴの闘い。その様子を三体文明と、彼らが「虫けら」と呼ぶ地球文明の闘いになぞらえたのでした。
史強は第一印象こそよくなかったものの、この作品のなかで一貫して、汪淼の精神的支柱であり続けていますね。きっと、第2作以降も(世代交代までは)意外な活躍を見せてくれるのでしょう。期待が高まります。
もうひとつ思ったのが、三体人の宇宙船が地球に到着するのは450年後なのに、汪淼と丁儀は彼らの死後に訪れるその悲劇を、彼ら自身のものとして重く受け止めているということです。「そんな先のことなんか知るか!もう科学なんてやめて楽しく生きよう」とは思わないんですね。その態度が、彼らの知識人としての矜持、後世に対しても責任を持とうとする覚悟を表しています。
以上、……なんと2か月余りもかかってしまいましたが、『三体』の感想詰め合わせでした。
第2作の方も翻訳が出版されたので、近いうちに取りかかろうと思います。第1作ほど詳しくはできないと思いますが、また何らかの形で、感想をこのブログに掲載していきたいです。