梁山から来ました

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「水滸好きさんに質問」第8回への回答


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面白いと思う人物は、例によってたくさんあるわけですが……

気分で一人だけ挙げます。

水滸伝』の視点人物、いわゆる「講釈師」ちゃんです。

 

水滸物語は南宋から元、明にかけて、講釈として語られることによって、中国の民衆の厳しい目にさらされ、鍛え抜かれてきました。小説として書かれた『水滸伝』も語り物の体裁を失っておらず、一人の講釈師が百回ないし百二十回にわたって聴衆に語って聞かせる物語という設定で書かれています。

 

この視点人物、講釈師ちゃんについてですが、近代の洗練された小説における「神の視点」とはだいぶ違っていて、要所要所で自分の存在を主張するほか、行動にも制限が見られます。

と言うのも彼は、今まで行ったことのない場所や時間に、一人で移動することができないんですよ。登場人物の誰かにとり憑いて、その後をくっついて歩くことでしか、移動ができない子なんです。

 

講釈師ちゃんはまず、仁宗の時代の宋の都、開封に、ポッと現れ出ます。その後、洪太尉について龍虎山へ行き、百八星の飛翔を見届けた後、洪太尉と共に帰って来て、その後数十年ほど開封でボーっとしていますが、そのうち開封でゴロツキの高俅に巡り会って、彼の後をつけます。そして出世した高俅が王進と対面した際に、王進の方にとり憑いて、一緒に陝西の史家村まで移動します。

王進が史進武芸十八般を教えるのを見届けた講釈師ちゃんは、王進が史家村を出発する際、そちらにはついていかず、史進の方にとり憑いて史家村に残ります。彼はその後、史進にくっついて旅をし、魯達と出会い、別れるに至って、魯達の方にとり憑いて、その後の行動を共にします。

 

この動きが、基本的には百二十回までずっと続くと思っていただいて構いません。

なんかこの動き、当時の語り物の視点移動としては普通だったんでしょうが、現代から見るとちょっとかわいくないですか?

ひぐらしのなく頃に」のオヤシロさまみたいで。

 

この講釈師の視点移動ですが、おそらく明清代の白話小説では一般的だったのだろうと思います。そして現代の小説においても、稀に採用されることがあります。特に、群像劇には適性があるようです。

 

我らが陳忱先生の『水滸後伝』もやはり『水滸伝』の体裁を踏襲した「講釈師視点」です。

李俊らが暹羅国へ落ち着いた後、沖で船が難破しているのを見つけて救助します。船にはなんと、高麗から宋へ戻る途中の安道全が乗っていたわけですが、なぜ安先生がずっと南にあるはずの暹羅沖なんかで難破しなければならないかと言えば、理由は色々ありますが一つには、そうでもしないと暹羅にいる講釈師ちゃんが宋に戻れないからです。

 

また、金庸の『天龍八部』もこの視点移動を採用しています。

天龍八部』の中には、通常主人公には数えられない木婉清と游胆之が主人公のように振舞っている箇所が、各々一章くらいずつあるんですが、木婉清の場合は段誉が別行動をとっている間に、講釈師ちゃんが四大悪人のうち三人の人となりを描写するにあたって、一緒にいる登場人物が必要だったから。游胆之の場合は、蕭峯のもとから虚竹のところへと講釈師ちゃんを送り届ける存在が必要だったからです。

 

個人的に、『水滸伝』の講釈師ちゃんの萌えポイントのうち最大のものは、この特徴的な視点移動だと思っているのですが、他にもこの子は、突如として「なになに?なんで〇〇(登場人物)はわざわざこんなことをするかって?それはね……」と、聴衆と実際の講釈師とのやりとりを再現しだしたり、

回の終盤にさしかかるあたりで「わたくし、かの〇〇(登場人物)と同年生まれの幼なじみでありましたならば、△△(地名)へは行くなと、腰にすがりついても止めたところでございます」みたいなことを言ったりと、

面白いことをたくさんやらかしてくれます。

 

個人的にはもっと、視点人物としての講釈師の存在に的を絞った研究がたくさんあってもいいと思うんですけどね。

そのくらい語るべきことのたくさんある、興味深い「登場人物」だと思っています。