梁山から来ました

中華圏の小説、ポーランドボール、SCP財団、作曲、描画などが好き。皆様のお役に立てる/楽しんでいただけるコンテンツ作りを目指して、試行錯誤の日々です。

「水滸好きさんに質問」第2回への回答


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『普及版 世界文学全集 第1期』著:清水義範


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この本に収められた短編のうち一つに『水滸伝』というタイトルのものがあります。

内容は、現代(と言っても90年代初頭頃)の日本で、「宋本保義」という名の顔の広いゴロツキの男が、親戚から「梁山ビル」という建物と莫大な資産を譲り受け、これを「水滸殿」という結婚式場につくり変えて、107人の同志たちと共に、かねてから不満を持っていた結婚業界に殴り込みをかけるというものです。

 

自分はこれを読んで、名前だけは聞き及んでいた『水滸伝』という物語に興味を寄せるようになり(←色々間違ってますねw)、横光先生のマンガ→吉川・清水訳へと進んで、沼から抜け出せなくなりました。

 

今回、思い立って、電子書籍版を買い直してみました。

「水滸殿」に集う同志たちのうち、魯智深がコック、盧俊義が引出物のプランナー、秦明がスカイダイビングのインストラクターなど、人選に関してはもう少しやりようがあったのではないかと思うんですが……

そこはまあ、世界文学に対する広い興味とそれなりの知識を持つ方々に向けた、お遊びの小話であって、ガチ勢のためのものではないですからねw

 

推測ですが、清水先生はこの小話を、幼少期に読んだ少年のための『水滸伝』の思い出をベースに、つくり上げたのではないかと思うんですね。この話を書くためだけに全編読み直したりとかはしてない感じです。

にもかかわらず、これほど読み応えのある短編をまとめ上げることができる手腕は「凄絶」と言わざるを得ません。

 

特にスゴいと思ったのは、李逵がいないと思ったら、ファッションデザイナーの「黒井リカ」と名乗る女性が登場したところです。

李逵の立ち位置で女性と言ったら、総大将の宋本との間に何かあることを予感せざるをえないじゃないですか。でもそこはハッキリ書いてないんですよ。このあたりのさじ加減が絶妙です。

 

この本は他にも、読み応えのある短編であふれ返っていますので、興味ある方、いらっしゃいましたら、ぜひお手にとってみてください。

あ、『西遊記』読者の方もぜひ。『ドン・キホーテ』の一部が『西遊記』です(←何のこっちゃ)

 

普及版 世界文学全集 第1期(集英社文庫)Amazon

 

 

 

……ところで、この問いに対する皆様のお答えを拝見していると、人生の相当早い段階で、『水滸伝』と巡り合った方がたくさんいらっしゃいますね。自分もまあ早い方だった(20歳頃)とは思うんですが、回答者の皆様と比べると、相対的に遅い部類に入るほどです。

 

中国には「若くして水滸を読むなかれ」という言葉があります。

これは言うまでもなく「生き方の指針が狂わされるから」なのですが……

この言葉を知ってもなお、「早い時期に『水滸伝』を読んだのは、自分の人生にとって間違いではなかった」と言いたいのが、人情。

この感覚、「水滸好き」の同志の方には、きっとご理解いただけると思います。

 

水滸伝』との出会いを、自分の人生にとって「よかったこと」にするのも「過ち」にするのも、きっと自分自身です。

最期の瞬間まで胸を張って「早い時期に『水滸伝』と出会ってよかった」と言える、そんな人生を送りたいものですね。

「水滸好き」の同志の皆様、ともに歩んでまいりましょう。

 

 

水滸伝関連書籍bot 連想語り 080


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水滸伝 108星のプロフィール』は大変に分厚い本で、パソコンの支援ソフト等も今ほど充実していなかった時分にこれだけの情報をまとめ上げるのは、さぞかしハードな仕事だったろうと思います。

誤字も散見されるのですが、とにかく文章量が多いので、そこまで大した割合ではありません。まあ、確かに今回ツイートしたような派手なミスも、あるにはあるんですが、決して「校正仕事しろ」と怒るほどの量では……。

(それにしても「戦死」って、どこから来た文言でしょう?単なるコピペミス?)

 

 

自分はこれまでの人生で、3冊の本に対して、本気で「校正仕事しろ」と思ったことがあります。

その3冊とは、

①『水滸伝に学ぶリーダーシップ』

②『時間ループ物語論

③『金庸は語る 中国武侠小説の魅力』

(①②は誤字の量が多すぎ、③はそうでもないんですがたった一箇所のミスが致命的でした。東方不敗のことを『天龍八部』のキャラと書いてありました)

 

……いや、どれも内容はよかったんですよ。

いい本だからこそ余計に、時間や予算の制約からか、その方面に造詣の深い、ちゃんとした校正スタッフを準備できなかったことが悔やまれる、というか。

 

 

ただ、ひとつ思ったことがありまして。

自分が上記3冊に対して「校正仕事しろ」と思えたのは、各書籍がメインに取り扱っている分野に、それなりの知識があったからです。

もし「全く知らない分野の知識を得たい、よく知らない事象に対する理解を深めたい」という動機に基づいて手に取る本が誤植だらけだったとしても、「ほへー……そんなもんか……」でスルーしている可能性は大いにありえます。

 

実はこの世には、意外とたくさんの「校正仕事しろ本」が存在していて、我々はそれらの本に書いてあることを鵜呑みにして間違った知識を蓄えつつ、日々を送っているのかもしれないと……。

 

そう考えると、ちょっと背筋が薄ら寒くなりませんか。

 

 

 

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水滸伝関連書籍bot 連想語り 079


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……ということですが、「花知寨」は「ならず者の知寨」という意味ではありません。また花栄の妹も、結婚前は「花姑娘」と呼ばれたこともあったのでしょうが、別にあばずれというわけではないのです。

花夫人の崔氏も、夫人としてあるべき枠をはみ出してはおらず、また花栄の息子も、後伝では長じて「花公子」と呼ばれるようになりますが、不良息子とはかけ離れた、親孝行な少年です。

……って、いい加減しつこいな。サーセンw

 

 

「花」という字には、確かに「それとしての分際を踏み外した」という意味になることがあるのですが、同時に人の名字でもあるし、日本語と同じように、植物に咲いている花の意味もあるんですね。

「花」の字そのものは、中国人に対して悪い印象を与えるものではなさそうです。現に、金庸の『飛狐外伝』には、「馬春花」という娘さんが出てきて、「垢抜けた名前でこそないけれど、鏢局(運送業兼保険屋みたいなもの)を営む父親が精一杯考えてつけたようだ」とされています。

 

ではどういう場合に、名字でも植物に咲く花でもなく、「罵り言葉の接頭辞」として機能するかと言えば……

まあ、文脈判断だろう、としか……。

ちうごく語って難しい。

 

 

ところで「ならず者の知寨」とか変なことを口走ってしまったせいで、一つ思い出したことがあるんですが。

弓の射手って、戦場での一騎打ちが長引くと、敵方の武将に向けて矢を射かけたりしますよね。

あれって、花栄がやると、危ういところで味方を救ったりして称賛されるのに、敵がやると、梁山泊の頭領たち(そして読者も)は「卑怯だ」って罵るんですよね。

 

何なんでしょうね、このダブルスタンダード

一体、一騎打ちの最中に矢を射掛けるのは、英雄好漢の行いなのか、卑怯で姑息なことなのか。『水滸伝』の後半、主に70回以降を読むたびに混乱してしまいます。

 

これもやっぱり、アレですか。

文脈判断、なんでしょうか。

ちうごくの文化って難しい。

 

 

 

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「水滸好きさんに質問」第1回への回答


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マトモに列挙しだすと72人とかは簡単に越えてしまうので、今の気分で一人だけピックアップします。

蕭譲です。

 

むかし一回流し読みした程度で、あまり馴染みのなかった王慶の段。今年の初めに思い立って、よくよく読んでみますと、そこにはまぶしくて直視できないほどの輝きを放つ、蕭譲がいました。

王慶の段の作者は、方臘戦に連れて行ってもらえない蕭譲のために、派手な引退の花道を用意してあげたってことなんでしょうかね。だったら皇甫端にもちょっとは出番を分けてあげようよ……などと思ったりもするんですが、まあそれはそれとして。

 

 

王慶戦のなかで蕭譲の見せ場は、二つあります。

一つは、都から遣わされた高官の陳安撫とともに城を守っていたとき。主だった武将は別々に敵襲の報せを受けて外に戦いに行ってしまい、城内の頭領は蕭譲・宣贊・郝思文の三人、あとは弱った兵たちだけ、という状況。彼らはそんなときに、襲い来る敵から城を守らねばならなくなります。

蕭譲はこのとき一計を案じ、敵に対してわざと余裕ぶった態度に出、大きな兵力が城内に残っているように見せかけました。敵が浮き足立ったところを、すかさず宣贊と郝思文が襲い、宋軍は大勝利を収めることができました。

まあ大変なお手柄なわけですが、これについて事後報告を受けた宋江は「書生ふぜいが無茶しちゃって……敵にバレたらどうするつもりだったの」みたいなことを言って、ちょっと残念なオチがついてるのも、また面白いところ。

 

二つ目は、蕭譲だけでなく、金大堅・裴宣の見せ場でもあるのですが。この三人が王慶軍の捕虜になったくだりです。

王慶討伐の偉業を記した石碑をつくることになったので、揮毫係の蕭譲、印章係の金大堅、文面をつくる係(多分)の裴宣の三人は現地へと赴きますが、道中で運悪く王慶の軍勢とぶつかってしまい、捕らえられて荊南の城へ連れて行かれます。

三人は投降を勧められるも拒絶し、いくら殴られても膝を屈せず、しまいには縛られたまま城内の住民の見世物にされて、辱めを受けます。そんな彼らの姿は、城内にいた一人の義士・蕭嘉穂(蕭譲と同姓ですね。偶然でしょうけど)の、王慶軍への怒りに火をつけました。

蕭嘉穂はビラを撒いて同志を募り、城内の住民の力を合わせて城にいた王慶の軍勢を追い出し、三人を救出します。

蕭嘉穂が「住民の力で為政者を追い出す」という偉業を成し遂げたのも、もとはと言えば、捕まった蕭譲・裴宣・金大堅が暴力に屈せず、毅然として宋朝(元梁山泊)への忠誠を貫いたから。三人はタコ殴りにされた上に縛られて、外見こそ無様だったでしょうが、魂は城内の誰よりも誇り高かったでしょう。少なくとも蕭嘉穂は、そう感じていたはずです。

このくだり、語るべきところの少ない王慶の段のなかでは、かなりの名場面だと個人的には思っています。

 

 

習字が特技のインテリではあるものの、特別機略に優れるわけでもない蕭譲は、言わば「普通の人の延長上の存在」。我々からそれほど離れたところにいるわけではありません。

その蕭譲がここ一番で、知恵や勇気を発揮します。

 

我々はきっと、呉用や武松や戴宗みたいな、人間離れした存在にはなれません。しかし、王慶の段の蕭譲のように、場面に応じてなけなしの能力を総動員し、自分にできるやり方で状況を打開していくことは、ひょっとしたらできるのかもしれない。

それも好漢のあり方のひとつだろうし、そんな好漢に僕はなりたいと思うわけです。

 

 

まあ、今回「蕭譲」と答えたのは完全に気分なんで、一週間後、二週間後に訊かれたら、また全然違う答えを言うかもしれませんけどね。

梁山泊というのはそれくらい、魅力にあふれた「普通の人の延長上の存在」が、ゴロゴロしている場所なのです。

 

水滸伝関連書籍bot 連想語り 078

 


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今日は、既に空気と化している「記念日リマインダー」が久々に発動しました。少しでも目立つように、先回から画像をつけています。TLから見つけ出してリツイートしてくださった皆様、誠にありがとうございました。

 

孫安は百二十回本にしか出てこない田虎の将ですね。瓊英ちゃんや馬霊、喬道清のように特技があるわけではないので、知名度はあまり高くありませんが、実はかなりの剛の者です。何せ、秦明と五、六十合もわたり合って、勝負がつかないのですから。

秦明とぶつかってしまった敵は、大抵、二十合くらい戦うと、疲れが見えてきます。そこで馬首をめぐらして逃げ出すだけの判断力と余裕があればいいんですが、ふらついたところであの野蛮極まる狼牙棒をアタマから受けてしまうと、上半身が肉塊になりますよね。秦明と戦った武将の末期は、大体グロいです。

その秦明と互角に長時間戦ってみせた孫安の膂力やスタミナが並外れていることは、言うまでもありません。

 

 

後半、「盧俊義の義気に感じて投降し」とあるのは、ちょっとヘンな気がしますよね。宋江晁蓋の義気に感じる、ならば普通の言葉遣いですが、「盧俊義の義気」とは。誤植ではないのか?と。

しかし実際、これで合ってるんですよ。当時梁山泊軍は、宋江軍と盧俊義軍に分かれて行動しており、孫安はそのうちの盧俊義軍と戦った上で、寛大な措置を受けて投降を決めたので、感じ入った対象は「盧俊義の義気」で、何も間違ってません。

 

孫安のような大物をも、味方に引き入れることができた盧俊義。

このシーンは彼の見せ場になりえたはずですが、後世の評論家は誰も、これに言及していません。

まあ、百二十回本にしかないエピソードなんで、「オリジナルじゃない」と言ってしまえばそれまでですが……瓊英ちゃんや喬道清について語っている人ですら、孫安の投降の件は記憶から抹消しているのが、悲しいところ。

盧俊義という人物の人気のなさには、どうやら、相当に根深いものがあるようですね。

 

 

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水滸伝関連書籍bot 連想語り 077


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何の能力もないのに、兄が宋江だからというだけで梁山泊に迎えられ、頭領にされてしまった宋清。

何かにつけて「役立たず」だの「パンピー」だの「異物混入」だのとバカにされる彼ですが、多分、梁山の頭領たちのなかで一番、「普通」の感覚を持っていた人だろうと思います。

珍獣だらけの動物園のような梁山泊の片隅から、パッとしない好漢を一人連れてきて、横に宋清を並べてみれば、実はそいつがどれだけ非常識な存在なのかが、わかろうというもの。宋清はアレです、「比較用オブジェクト」です。ミニチュアの世界における一円玉と同じです。

 

自分の中では、宋清は登場してから最後までずっと「ええ……」って言ってドン引きしてるイメージがあります。 

 

 

宋太公「困ったねえ、お兄ちゃんが街で妾を殺してうちに逃げてきたよ」

宋清「ええ……」

 

朱仝「宋公明どのはこの屋敷にはおられませんでした!」

雷横「おられませんでしたな!」

二人「ではこれにて!」

宋清「ええ……」

 

宋太公「お兄ちゃんは柴進どのの屋敷に身を寄せると言ってるよ、おまえ着いて行っておやり」

宋清「ええ……」

 

柴進「私はつまらぬことで脛に傷持つ身となったゴロツキの皆さんを、かくまって養うのが趣味でしてな!はっはっは」

宋清「ええ……」

 

武松「なにっ、このヤロ……人……いやお方が宋公明の旦那だと?!そういうことはもっと早く教えてくださいよ、大変なご無礼をしてしまったじゃないですか俺ァ!!」

宋清「ええ……」

 

武松「あれ?病気……病……気…………、治っちまった!はっはっは」

宋清「ええ……」

 

 

……すいません、キリがないのでこのへんにしておきますね。

でも最後にもう一つだけ。

 

 

宋安平「お父さん、ぼくは、科挙に合格しました!!」

宋清「ええ……えっ?!」

 

 

 

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水滸伝関連書籍bot 連想語り 076


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どうもこんにちは。実は昨日、別アカで勘違いをやんわり指摘したところ、暴言を吐かれてしまい、丸一日落ち込んでいました。

まあ、向こうは今頃そんなことはコロリと忘れてパフェとか食べてらっしゃるでしょうから、こちらも忘れるために、楽しいことを考えましょう。

たとえば索超のこととかね。

 

 

さて。

梁山泊とは山賊や落ちぶれ軍人のたまり場ですから、「気が短い」というのは彼らのうち半数が、デフォルトで持っている特性だと思うんですね。中には相当の事態にならないとブチ切れない人もいますが、そっちの方が例外に近いです。

だから、好漢のキャラ付けとして、「気が短い」という点だけを推していくのは、苦しいものがあります。秦明ひとりならまあアリですが、二人目、三人目の「短気キャラ」となったときに、秦明の影に隠れてしまうのは如何ともし難い。

 

で、索超についてですが、彼はただ「せっかち」という以上に、「プライドが高い」「負けず嫌い(ただし相手の実力の高さはちゃんと評価する)」というところに注目すると、キャラの魅力が広がるのではないかと思います。

他の登場人物との関係性で言えば、楊志さんとは言うに及びませんが、関勝との関係も注目に値します。

穿ちすぎかもしれませんが、索超は関勝に対し、一方的な「確執」みたいなものをずっと持っていた気がするんですね。

 

梁山泊と闘うために北京に派遣された、実力ある軍人の関勝。彼は、索超が負傷して戦線を離脱しているうちにやってきて、しばらく梁山泊と戦った後、割と簡単に寝返ってしまいます。

全快した索超が戦場に出て、敵側にいる立派な髯の武将を見て「あれが今度寝返った関勝です」と教えられたとき、瞬時に怒りがゲージを振り切ったことは、想像に難くありません。

で、一戦交えるわけですが、彼らの実力は伯仲していて「索超には関勝を攻め下すことができなかった」とあります。

 

その後、索超も落とし穴にはまって梁山に加わるわけですが……次に注目したいのは、索超が方臘戦において討ち死にしたときの状況です。

索超は、敵将の石宝と刃を交えたとき、石宝がわざと隙を見せて逃げ出すと、それに追いすがります。関勝が「行くな」と叫んだにもかかわらず、そのまま進んだ索超は、流星鎚を顔に受けてしまいます。

このとき、敵軍がどっと進撃してきて、助けに行った鄧飛ももろともにやられていますから、索超の追撃は大変マズい判断だったと言わざるをえません。

 

この追撃は単に「頭が怒りで一杯過ぎて、制止の声が聞こえなかった結果」と捉えるのが、一般的なところでしょう。ただ、「関勝の一声が索超の火に一層の油をそそいだと」考えることも、不可能ではありません。

関勝から「行くな」と言われた索超の心に、

「お前の言うことなど聞くものか。俺が絶対にあのにっくき敵将を捕えて、実力を見せつけてやる」

という負けん気がむらむらと沸き起こり、その結果深追いし、自らと鄧飛の死を招いた、という可能性も……。

 

 

ま、いつものアレです、「世界に一人くらいこんな深読みをする人間がいても罰は当たるまい」くらいの感じで、読み流していただければ幸いです。

 

 

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