梁山から来ました

中華圏の小説、ポーランドボール、SCP財団、作曲、描画などが好き。皆様のお役に立てる/楽しんでいただけるコンテンツ作りを目指して、試行錯誤の日々です。

水滸伝関連書籍bot ひとこと感想 023


「征遼戦は、百回本の作者が公孫勝を引退させるために作り出したエピソードだった」というのは、宮崎市定先生の説であります。
何とも大胆な考え方に見えますが、上記の引用のとおり順を追って考えていくと、段々「そうなのかも」と思えてきますね。


最後の方臘戦で味方の好漢たちがばたばたと死んでいく展開にするためには、
「負けないための保険」である公孫勝と、
高島俊男先生の補足によれば)「死なないための保険」である安道全が、
それぞれ宋江軍から外れていなければなりません。


公孫勝宋江のもとを辞去する上で、「充分に義理は果たしたので隠棲させてほしい」という希望を通すために考え出されたのが、征遼戦である、とのこと。


では、安道全はと言いますと、方臘戦の最中に徽宗皇帝がちょっとした病気にかかったというので、都に呼び戻されていますね。
病気にかかったのが陛下では、宋江も引き留めるわけにはいきませんね。

それまで、戦場で即死して、いかに神医とても手の施しようがなかった兄弟はちらほらいたんですが、安道全の離脱後はさらに多くの仲間たちの訃報が飛び交います。

毒矢でやられた徐寧は、安道全がいれば助かったでしょう。
そして安道全さえいれば、軍中に疫病が蔓延して、戦ってすらいない兄弟たちが倒れていくような状況も防げたはずです。


でも、仕方ないんですよね。
「皇帝のちょっとした病気」は「庶民何万人の死に至る病」よりもずっと、優先順位が上ですから。
李逵や阮小七はそうは思ってないでしょうが、総大将の宋江がそういうスタンスなので、他の頭領たちにはどうにもできない。
そんなやるせなさが、方臘戦の全体に、暗い影を落としています。


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